2021/01/25 21:04

スタンリー・キューブリックが18世紀を舞台に泰西名画のごとき映像を紡ぎ出したのが「バリー・リンドン」だった。
キューブリック作品なら「2001年宇宙の旅」が、あるいは「時計じかけのオレンジ」が最高傑作だという人は多い。
僕は断然、「バリー・リンドン」なのだが、なぜかを書き出すとそれだけで1万字くらいは書きそうなのでやめておく。
「バリー・リンドン」では、シューベルトの「トリオno.2ホ単調作品100」という曲が使われた。
映画公開時は、これが誰の作品かわからずにレコ屋に通っていろいろ試聴して突き止めた。
いまのようにネットで検索できる時代ではなかった。
しかも当時は、あまり良い録音がレコードになっておらず、テンポも映画のとは違うものが多かった。
こちらのリンク先の演奏は2016年の録音だが、映画で使われた録音と比較的テンポが近く、とても良かった。
https://www.youtube.com/watch?v=nioKJNp8ADE

映画では、賭博場で成り上がりのバリーとレディ・リンドンが向き合い、そこからテラスでキスするまで「トリオno.2ホ単調作品100」だけをバックに9分の映像になる。
これは戦闘シーンなども多いこの映画の最大のスペクタクルだ。
なぜ、賭博からキスまでがスペクタクルとなるのか、それは「スペクタクル」とは何なのか?の根本的な話になる。
キューブリックはこの映画を、スタジオの照明器械ではなく本物の蝋燭の灯りだけで撮ろうとした。
それを実現するためにツァイス社がNASA用に開発したレンズをミッチェルBNCカメラに取り付けようと苦労して改造したことは以前、雑誌に書いた。
http://www.papiercolle.net/critique/kubrick.html

ここからすでにスペクタクルは始まっていたのだ。
そんな事実は知らずとも、それを映像から「予感」できなければ、映画のスペクタクルを理解することはできない。
そしてこのシークエンスのために「トリオno.2ホ単調作品100」を映画用にアレンジして録音したこともスペクタクルの大きな、いやほとんどの要因だった。
この曲はのちにトニー・スコット監督の「ハンガー」でもメイン・テーマに使われた。
http://www.papiercolle.net/critique/hunger.html

「ハンガー」は良かったが、トニー・スコットはハリウッド的な短いカットにのめり込み「ドミノ」ではほとんどのシーンが3秒以内にカットされるという、どうしようもない「映像」をつくった。
これはもう「映画」ではなく「映像」である。
トニー・スコットの自殺を惜しむ声が多かったが、僕はもう彼の役割は終わったと思ってそのニュースを聞いた。
むやみに短くカットされない映像。それこそが「映画」なのだが、昨今はほとんどそういうものが存在しない。
「バリー・リンドン」のこのシーンは長めのカットと映像、そしてただひとつの曲が、きわめて映画的スペクタクルを醸しだしていることをあらためて教えてくれる。
「映画」とはこういうスペクタクルのことを言うのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=KkJZOxqB-qk