2021/07/09 21:13

先日、古書店でとても不思議な本に出会った。『Les Animaux fabuleux』=「素晴らしい生き物」といったところ。パラパラとめくると中世の空想の動物から世紀末の怪しげな魔物、20世紀絵画での抽象的ともいえる生き物などが、1ページに1点掲載されている。
ヒエロニムス・ボッシュからグリューネヴァルト、ウッチェロ、世紀末はハインリヒ・フュースリやルドン、20世紀はエルンストやカンディスキー、ピカソに至るまで、絵画のセレクトがとてもセンス良い。
「ともかくこれは買い~」と棚から出しておく。だいたい古書店に行くと5~6冊は購入するので、購入候補を棚から出してあとで精査する。古書店業で本だらけなので、もう自分の蔵書は増やせないのだ。  

『Les Animaux fabuleux』は表紙を見てもふつうの本にしか見えない。中を見てもふつうの本。でも、よく見ると......本文とか図版キャプションは切り貼りだぞ、と気づく。
いやいや図版も切り貼り。切り抜き図版はきれいに画像の輪郭の外で切られている。
もう一度、表紙を見る。「ADAM BIRO」「tout jeune」と版元らしいマークもある。やはり出版された本か、と一度は思う。
奥付を探すがない。何もない。もう一度、表紙のマークを指でなぞるとこれも貼ったものだった!
まったくの自家製の本か! と驚いたが、たった数百円だし、買わないわけはない。

家に帰って、ともかく検索しまくるが本はまったくヒットしない。表紙の「ADAM BIRO」はヒットした。フランス版wikiに詳細がある。
アダム・ビロ、1941年ブダペスト生まれ。1956年にハンガリーを離れ、パリとジュネーブで文学と美術史を専攻。その後、パリの出版社でアート・エディターとして働く。1981年以降、11冊の著作を上梓し、〈Biro Éditeur〉というアート専門本の版元ともなる。

では、この手作り本はアダム・ビロ本人によるものか! そこははっきりしないが、彼の最初の本はシュルレアリスムに関するもの。この手作り本の編集感覚と通底するものがある。
そしてマークのもうひとつの文字「tout jeune」=「とても若い」。ということは若き日、おそらく10代のアダムが、自分の趣味の興ずるままにこの本を制作したのではないか? 1950年代後半から60年代の間に。

...と、なんとなく不思議な一冊の本の由来がわかってきたけれど、じつはまだほとんど謎だらけ。ずっと後年に彼が自分の著作から、若き日に愛着のあった絵と解説を切り貼りして作った本かもしれない。なんとなく出来映えの良さからそんな気がしなくもない。

それにしてもそんな手作りの本が、なぜ日本の古書店に流れてきたのだろう? 献呈の文字もないし資料になるものがない。ただただ趣味的でマニアックで、そしてとてもセンスの良い美術本。これこそとんでもない「掘り出し物」と思う次第です。