2023/07/17 05:05

誰かが亡くならないとBlogを更新しない自分の怠惰もどうかと思うのだが、貧乏暇無しであまりに雑事が多すぎる。
生きて行くだけでたいへんで、水面に顔を出してアップアップしている魚のような気分だ。

そんなときジェーン・バーキンが亡くなったことを知った。
永遠に若々しく美しいままのように思い込んでいたのに。。

ジェーン・バーキンですぐに思い浮かぶのは、彼女が人魚に扮するシーンがある映画『ワンダーウォール』(1968)。
この映画が大好きで、自分で勝手に編集して、音楽も勝手に付け足したりしてYoutubeにアップした。
14年も前のことだ。
もちろんジョージ・ハリソンのサントラもすごく良いのだけれど。。

この映画でのバーキンは台詞もないし、ただ出てくるだけ。でも、とても美しかった。
振り返るシーンの表情の美しさたるや...
サイケデリックとジェーン・バーキンとザ・フール。
それを自分の記憶にも留めたかったので編集したようなものだ。


この映像のこととは別に、バーキンにはもうひとつ思い出がある。
雑誌『commons & sense』のアート・ディレクションをパピエ・コレでやっていた頃。
デザインだけでなく、僕は原稿もよく書いていた。
そんな折り、バーキンが来日するということで、『コモ・セン』はインタヴューを企画した。
そして僕がインタヴュアーとして質問することになった。
かなりテンションが上がったし、再度、彼女について下調べしたりもした。

六本木のどこかのホテルで、取材することになった。
映画監督ダニエル・シュミットにインタヴューしたり、アンゼルム・キーファーの合同インタヴューにも出席したことがあるので、緊張はしなかったけれど、でもとても気分が高揚した。
もうバーキンは中年になっていたけれど、でもとても美しいのだろうと想像した。
あの伸びやかな肢体と、いくつになっても変わらない笑顔を想像した。


...だが、バーキンは来なかった。
秘書の女性が現れて、今日、どうしてもジェーンは来れなくなったが、私が質問には答えるという。
『コモ・セン』編集長ほか一同、内心はかなり落胆したはずだが、彼女にいろいろ質問はした。
でも、やはり当人じゃないとすべてが違うよね。
結局、資料の確認のようなインタヴューになってしまったと思う。秘書の女性に責任はないが。

そのインタヴューはしかも記事にならなかった。
『コモ・セン』はあまりにギャラが安く、しかも支払いが遅れてばかりだったので、そのうち縁が切れてしまった。


あのときバーキンと会えていたなら、どんなだったろう?
誰かの歌で「会えなかった運命」を歌ったものを思い出した。
ボリス・ヴィアンだったか、誰だったか...

ジェーン・バーキンはスウィンギング・ロンドンの真っ盛りに登場した。
ゲンズブールとの関係のほうが有名だけれど、僕にとってはスウィンギング・ロンドンの美姫。
一番熱気のある時代に青春を送って、素晴らしい人生だったと想像する。

冒頭の映像のほう。
Youtubeにアップしてしばらくしたらザ・フールのメンバー、バリー・フィンチからメールがきた。
(Googleが買収する前のYoutubeには一時、メールのやりとりができる機能があった)
「素晴らしい映像をありがとう!」って。

...残念なこともあれば、良いこともある。良い事だけがのちの人生の支えだ。

"Wonderwall" - The Fool - Jane Birkin - 60's psychedelia in London
https://www.youtube.com/watch?v=6lJCu--YCEQ