2023/09/01 19:26

渋谷ユーロスペースでのウルリケ・オッティンガー ベルリン三部作。
『アル中女の肖像』(79)を先に観て、次に『タブロイド紙が映したドリアン・グレイ』を観た。
1970年代後半の〝ニューロマンティックス〟ムーブメントの美学をそのまま映像にしたような感じの『アル中女の肖像』に対して、『...ドリアン・グレイ』はバリバリにニューウェイヴ的だった。
1984年の作品なのだ。

『...ドリアン・グレイ』はさまざまな視覚的引用で成り立っている。
なにしろデルフィーヌ・セリッグ演ずる主人公は、フラウ(女性)Dr.マブゼと呼ばれる。
もちろんフリッツ・ラングの『ドクトル・マブゼ』(22)から取ったもの。
彼女はタブロイド紙の帝王でドリアン・グレイの物語をでっち上げて、部数を増やそうとする。

『ガタカ』のアンドリュー・ブレイクが脚本を書いた『トゥルーマン・ショー』(98)は、もしかしたらこの作品に影響を受けているかもしれない。


眉のメイクを悪役風に極端にしたデルフィーヌ・セリッグだが、気品は変わらないので(トリュフォーの『夜霧の恋人たち』でのタバール夫人役から16年経っている)、その造型はどことなく1920年代ドイツ映画の名女優リル・ダゴファーを想起させる。
大きな帽子のデザインもダゴファー由来ではないか。
ちなみに眉のメイクはジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の『上海ジェスチャー』(41)のオナ・マンソンが元ネタか...

↑ リル・ダゴファー

セリッグは女マブゼというよりも、同じフリッツ・ラングの『スピオーネ』(28)での悪の首領ハーギを想い起こさせるところがある。
地下の工業的な空間も出てきたり、『...ドリアン・グレイ』はマブゼ・シリーズ以上に「スピオーネ」色が強い。

ドイツ表現主義はニューウェイヴ美学のなかでさまざまに蘇生され、この作品にも随所にそれは見られるが、オッティンガーの引用はドイツ表現主義にとどまらない。


ドリアン・グレイが最初にモペットのような乗り物で登場したときに着ているオーバーオールは、ロシア・アヴァンギャルドのアレクサンドル・ロトチェンコが1922年にデザインしたワークウェアを真似たものだろう。
ポケットや前身頃に革の異素材などを付けているのがそっくりなのだ。

↑ アレクサンドル・ロトチェンコ自身が着た彼のデザインしたワークウェア

1920年代的なものへの熱狂はニューウェイヴ期の一側面だ。
この80年代に興ったモダンな懐古志向は雑多な美意識を呑み込み、〝ネオ・バロック〟的な世界をつくりだした。
オッティンガーもまたニューウェイヴ的バロキストなのだ。

セットのプリセニアム・アーチ(額縁舞台)の幕が開くと、そこは波が押し寄せる砂浜。
そこで延々とオペラが歌われる。この映画の白眉と言ってもいいシーンかもしれない。
まさにバロック劇場だ。

先日リヒャルト・アレヴィンによるバロック演劇の研究書『大世界劇場』を読んだばかりだが、
ストーリーから逸脱して見世物として別のスペクタクル(この映画では浜辺や岩場でのオペラ)が用意されるなど、
オッティンガーは「大世界劇場」を現代的にキッチュに再現しているように思える。


そうそうキッチュ(Kitsch)。これこそドイツ由来の概念ではないか。
『...ドリアン・グレイ』は全編、キッチュである。
引用と逸脱。それが繰り返されてスペクタクルが形成される。
さらに綺想...そうフェデリコ・フェリーニ的な綺想や、パゾリーニ的な毒々しさも入り交じってくる。
そうした世界を総じて〝ネオ・バロック〟的なキッチュ感覚と言ってよいのではないだろうか。

「引用」というポストモダン的なるものは80年代にさまざまな領域に顕現する。
映画もまさにそうであったことを『...ドリアン・グレイ』は示している。
そしてこの作品は、別のまったく知られてなく評価もされていない2本の映画を想起させる。


1990年にスティーヴン・サヤディアンが製作した『Dr.Caligali』。
これもまたカリガリ博士の孫娘が現代を舞台に人の意識を支配して悪事を働こうとする。
ドイツ表現主義の亡霊は1980年代にニューウェイヴという衣を得た。
セットの綺想具合は、オッティンガーをしのぐ。

スティーヴン・サヤディアンとはポルノ監督リンス・ドリームの別名で、ドリーム名では1982年に『Cafe Flesh』を製作してポルノ界にニューウェイヴ美学満載の作品をもたらした。奇作中の奇作である。
あまりに奇妙で美意識が突出したサヤディアンの映画人生は恵まれたものとは言えない。
今日ではほぼ忘れ去られている。


もう少し恵まれた作品として1983年製作の『リキッド・スカイ』も思い出す。衣裳デザインが突飛で優れたSFカルト映画。
『...ドリアン・グレイ』の衣裳は『リキッド・スカイ』に通ずるところが多い。
1980年代のニューウェイヴ的文脈での特異な美意識は世界的な潮流だった。

最後に音楽について。
『アル中女の肖像』で音楽を担当したぺーラ・ラーベンによる印象的なメロディの1曲が、『タブロイド紙が映したドリアン・グレイ』でも使われているのはご愛敬と言うべきか。

ちなみにドリアン・グレイ役はモデルとして一世を風靡したヴェルーシュカ。