2025/08/09 15:57

このブログで8回も【入院記録】と題したものを書いてきたので、みなさん、もういい加減、病気ネタはお仕舞いにしてよ、
と思っているかと想像します。

とりあえず今回は無事、退院しましたので、その後のご報告として書かせていただきます。

まったくの健康体だったのが、突然、具合がたいそう悪くなり、救急搬送されたわけですが、
当初は「入院といっても2泊3日くらいだろう」なんて相当、甘くみていたのです。

なので、ほとんど何も準備していなかったんですね。
幸い姉夫婦が入院後、いろいろ用意してくれて助かりましたが、今回の教訓は、入院用パックみたいなのを用意しておくべきだな、ということでした。
地震などのときの防災グッズはバッグごと一式買って備えてますが、別途、入院したときに必要なものもパッケージしておけば、まぁ、思わぬ長期になってもなんとかやり過ごせるでしょう。

結局、7月7日に入院し31日に退院。24日間の入院となりました。
家に帰るとベランダの鉢などの植木が全滅。
独り身だと当然、水をくれる人はいないですから。
父の遺品である立派な松の盆栽が枯れてしまったのは、かなり残念でした。

でも酷暑の中、なんども病院に洗濯したパジャマやタオルを持ってきてくれる姉夫婦にはそこまでは頼めませんしね。
枯れた植木や盆栽を廃棄するのにもけっこうな手間と時間がかかります。

杏林大学 杉並病院にて

そして冷蔵庫のほとんどのものを捨てなければならない。
これもたいへん。なんと、もやしなんて袋に入れたまま液状化していました。
怖くて、ほぼ捨てたあと冷蔵庫の大掃除もしましたよ。

もちろん補充の買い出しも必要で、まだ退院まもなくて、あまり動き回れない身としてはこれもたいへん。
姉がいろいろ食料を退院時に持たせてくれたのがとても助かりました。

退院前にmondo modernを再開したことは、すでにご存じかと思います。
ちょうどbase提供のクーポンが重なったことで、たくさんの注文がありました。
19人の方から計33冊の本!
7月の売り上げが、入院前のほんの少額だけだったので、これはめちゃくちゃ助かりました。

たぶん「退院祝い」といった感じで、ご購入くださった方も何人もいたと思います。
リピーターの方が多かったですし、病気や退院についてのメッセも戴いたりしましたので。
たかが古書店稼業でこんなふうに良くしていただけることはなかなかないと思い、とてもありがたく嬉しかったです。

病院から立正佼成会の本堂を望む。窓のヴェールが良い感じで絵画的に。

ところが発送準備が大変! 33冊ですよ。
それも家のほうと事務所にそれぞれ分散しているのを集めて。
体調としてあまり重労働できないので、休み休みやって4日間かかってほぼ終了しました。
ちょっと部屋がすっきりしたかも笑

以前は、酷い睡眠障害でアモバン7.5mg錠、デエビゴ2.5mg×3錠、トラゾドン、ともう一種なんとか?の4種も薬飲んで、それでも朝の6時半くらいにならないと眠れませんでした(医師が薬を過剰に出し過ぎですよね)。
それが入院生活で一転。
退院してからも12時頃には寝て、朝7時半くらいには起きています。

なので、それまで2食だったのが、3食になってしまいました。
禁酒生活なので、食事があまり楽しくなくなってしまいましたね。
以前は、夜はビール、日本酒、ワインの順で、料理も肉=ビール、魚=日本酒、サラダその他=ワインって感じで料理するのも楽しかったし、2時間かけて夕食を摂ってました。
それが一度にいろいろ料理を作らなければならない。ご飯のために。つまんないですね。

病院の談話室での原稿書き等が楽しかったので、退院してからは毎日数時間、〈セシオン杉並〉という施設に行って原稿書きしています。
ここも居心地良く、仕切られた机に電源とWi-Fi完備。
しかも無料なので、まるで病院の談話室環境そのまま、って感じ。

いや、事務所あるんですが、病気での損失が大きかったので電気代節約と、それと他の人がいるところで作業しているほうが、精神的に助かるのです。
退院後、誰とも会ってなく、ほぼ誰とも話してないですから。
お酒も飲めないので、しばらくは孤独に耐えてやっていかざるをえないかな、と。

毎日、自転車で公園に行って、散歩の歩数も少しずつ増やして。

昨日、退院後1週間検診があって近くの杏林大学 杉並病院で血液検査。
入院していた杏林大学医学部附属病院での検査データはCD-Rに焼いてくれたので、それを持って行ったんですが、
医師が言うに「これだけ大変だったのに驚くほど恢復早いですね」と。
「前の病院、居心地良くて楽天的に過ごせたから恢復も早かったのかと思います」って答えておきました。

ふだん毎日、自転車で和田堀公園という川沿いにある超長い公園に行っているのですが、ここで自転車降りて6000歩くらい歩いてました。
そこかしこに健康遊具みたいのが設置されているので、腕立て伏せ60回と腹筋50回やっていたんですが、
これが恢復早かった秘訣かなぁとも思ってます。
まだ、以前のような回数はできませんが、日々、日常に復帰している感じです。

以前の日常がつまらなかったので、別の日常にならないか...
なんても夢想していたのですが、人間の人生って変わらないですよね。
そういう意味で、病気は苦痛も含めて非日常の面白さがあったのです。
...とこんなふうに書くから、友人の中には「たいした病気ではなかった」と勘違いした人もいたのですが。
苦痛も無聊も過ぎ去ってみれば、すべて非日常のアナザーワールドだったと思うのです。