2025/08/21 12:29

スーザン・エヴェレットの『Lost Berlin』は、ワイマール時代からナチの政権獲得まで、
ベルリンの都市・政治・文化・風俗をグラフィカルに辿った本だ。

大袈裟な言い方でなくこれは「信じられないくらい」の名著。
巻頭は、ウンター・デン・リンデンを通る自動車や自転車の見開き写真。
...ようこそベルリンへ!といった風情。
「世界の娯楽の都」と称された20年代のベルリンを象徴する風景で始まる。
そこからすぐにスパルタクス団のカール・リープクネフトによる演説写真やレーテ蜂起などの写真が。
戦後すぐの政治的混乱が捉えられる。カップ一揆の写真なども。
リープクネフトやローザ・ルクセンブルグはすぐに虐殺される。
ちなみに私は10代でトロツキーに傾倒し、のちにローザ・ルクセンブルクへと思想的に転向した口だ。
本書の秀逸さは、その次にベルリン風俗として、エロティックな世相を大特集しているところ。
戦後大発展したヴァリエテやカバレット、レヴューなどのベルリン軽文化、
ヌード劇場や妖しいエロ雑誌まで、見たことがなかった図版がこれでもか!というばかり。

1979年刊行の本だが、この時期も、この後しばらくもベルリンの「夜の生活=ナハトレーベン」を
ここまで図版資料を集めた本はなかった。
ようやく2000年代に入ってメル・ゴードンのマニアックな本や、
その他、ベルリン風俗が紹介される本が立て続けに刊行されるが。。
軽文化だけでなく、映画産業(UFA!)や音楽、ブレヒトなど演劇界ももちろん詳細。
さらにナチの台頭も。
しかも本書は写真が良いものが多い。ベルリン市街の雪の風景...等々

後半ではネオンや車のライトで煌々たるさまだったベルリンの風景も1ページにまとめている。
この「光のベルリン」に関しては2010年代に入って「Die Weltstadt im Light」(光の世界都市)という写真集が刊行されるが、
本書はセンスとしてそれに先んじていた。
そうそうユダヤ系の百貨店ヴェルトハイムなどで2ページとかやっているところも著者の慧眼。
ようするにすべての面で本書が先行しており、幾多の本が本書を参考にのちに刊行されたといえなくはない。

拙著『倒錯の都市 ベルリン』執筆時には、ずいぶん本書を参考にした。
日本でのワイマール・ベルリン研究の碩学、平井正先生も軽文化に関して本書から多くインスパイアされたはず。
そんな本がなぜか初版刊行後にずっと絶版で、世界中で高値になっている。なぜ復刊されないのか?
ちなみにページの最後の写真は、第二次世界大戦での爆撃で焼け落ちたライヒスターク(国会議事堂)。
ともかく素晴らしい編集の一冊。
著者スーザン・エヴェレットは最高の仕事を本書で成し得たといえるだろう。
...人生にはそういう一瞬があるものだ。
追記:この本を読んだらTVドラマ『バビロン・ベルリン』を観ることをおすすめします。
もちろんドラマ製作者たちは、この本を資料としたことでしょう。